「マルブルー(Malbrough)は戦争に行った、ミロントン、ミロンテーヌ……」。フランスの子どもなら誰もが歌う童謡です。けれど、この「マルブルー」がいったい誰なのか、考えたことはあるでしょうか。
その答えは、モーゼルの丘の上、高さ12〜18メートルの城壁の向こうで待っています。
私たちのアパルトマンから車で約30分。モーゼル県北部には、公爵や騎士、そして大軍が行き交った2つの城塞がひっそりと残っています。その城壁の上からは、3つの国が見渡せるのです。
マルブルック城|あの童謡の城
騎士と4つの塔、難攻不落の城塞
物語は1419年に始まります。騎士アルノー6世・ド・シエルクが、マンドレン村を見下ろす岩の突端に城塞を築きました。当時の名はメインスベルク城。15年後の1434年には、「包囲に耐えうる」城と認められています。
四隅に塔を置き、高さ12〜18メートルの城壁でつないだ造りです。塔の名前は、まるでおとぎ話の始まりのよう。ランタンの塔、魔女の塔、禿げ岩の塔、そして貴婦人の塔。
1705年|城に名を残した公爵
「マルブルック」という名前が登場するのは、それから約3世紀後のことです。1705年、スペイン継承戦争のさなか、イギリスのマールバラ公ジョン・チャーチルが、フランス侵攻のためにトリーア近郊に大軍を集め、ここメインスベルクに司令部を置きました。
対するフランスのヴィラール元帥は、はるかに少ない兵力で国境を守ります。両軍はおよそ10日間にらみ合いました。しかしマールバラ公が待っていた援軍は届かず、食糧も不足し……公爵はついにトリーアへ引き返します。フランスを落とすことはできませんでしたが、城にはその名が残りました。そしてフランス人は、この公爵をからかう歌を作りました。それが今も子どもたちに歌い継がれているあの童謡なのです。
廃墟からの復活
1793年に国有財産として売却された城は、少しずつ廃墟になっていきました。モーゼル県が1975年に買い取り、1991〜1998年に大規模な修復を実施。石工、石切り職人、大工たちが昔ながらの工法で作業にあたりました。その結果は見事なもので、まるで中世からそのまま抜け出してきたような15世紀の城がよみがえっています。
マルブルック城の見学|開館時期と実用情報
城内では、オーディオガイド付きの常設展示で、6世紀にわたる歴史を楽しみながら学べます。大規模な企画展、ワークショップ、コンサート、「動物と魔女(Bêtes et Sorcières)」などの季節のフェスティバルも開かれます。見学の所要時間は約1時間15分です。
- 開館時期:4月〜秋。通常、月曜休館
- アクセス:マンドレン=リッツィング。エタンジュ=グランドから車で約30分、アイヤンジュから約45分
- 開館時間・料金:季節によって変わるため、公式サイトmoselle-culture.fr(マルブルック城のページ)でご確認ください。12歳未満は無料です。
城壁の巡回路に上ってみてください。フランス、ドイツ、ルクセンブルクが出会う3か国国境地帯の丘が、はるか遠くまで続いています。
シエルク=レ=バンのロレーヌ公の城
モーゼル川の上に浮かぶ城塞
ティオンヴィルの北東18キロ、ルクセンブルクとドイツの国境からわずか3キロ。シエルク城は、モーゼル川とモンテナック渓谷が合流する岩の岬に建っています。城壁の上に立つと、足もとをモーゼル川がゆったりと流れ、シュトロンベルクの丘のふもとで弧を描き、ドイツへと向かっていきます。
最初の記録は1067年。ジェラール・ダルザス公がここで文書に署名し、貨幣も鋳造されていました。何世紀にもわたってロレーヌ公たちが滞在し、17世紀にはシャルル4世が宮廷とともに数年間ここで暮らしました。
千年の攻防
この城の歴史には、不思議な法則があります。公爵がいるときは、城は落ちない。1131年と1516年には攻撃を見事に退けました。ところが公爵が不在のときには陥落しています。1475年にはシャルル豪胆公に、1633年にはフランス軍に、1643年には大コンデの軍に奪われました。
1661年にフランス領となり、居城としての役割を終えます。1673年には、ルイ14世の陸軍大臣ルーヴォワが取り壊しを命じました。歴史の皮肉というべきか、マールバラ公がマルブルックに陣を構えたまさに1705年、ヴィラール元帥がこの城を修復させています。要塞としての役目を正式に終えたのは1866年のことでした。
炎の車輪の伝説
14世紀、ジャン1世公の時代。聖ヨハネ祭(サン=ジャン)の祝いの最中、となりの丘シュトロンベルクから燃えさかる車輪が転がり下りてきた、という伝説が残っています。
そしてこの伝統は、今も生きています。毎年サン=ジャンの時期になると、コンツ=レ=バンの住民がわらを巻いた車輪に火をつけ、シュトロンベルクの頂上から転がします。車輪がモーゼル川まで届けば、ブドウ農家たちはその年の豊作を約束します。もし坂の途中で止まってしまったら、コンツはシエルクにさくらんぼを贈らなければなりません。
シエルク城祭り|夏の中世祭り
一番の目玉は、20年以上続く中世祭り「城祭り(Fête du Château)」です。毎年8月末の週末に開かれるのが恒例で、中世の市場、衣装、アトラクションなど、城がロレーヌ公の宮廷時代のようによみがえります。その年の日程は公式サイトchateau-sierck.comでご確認ください。
シーズン中は、自由見学やガイド付き見学、宝探し、脱出ゲーム、中世のアトラクションが楽しめ、年末にはクリスマス村も開かれます。開館期間は4月から11月中旬まで(2026年は4月1日〜11月11日)。エタンジュ=グランドから約25分、アイヤンジュから約30分です。
シュトロンベルク|モーゼル川の大きな湾曲を望む絶景
とっておきの写真を撮るなら、シエルク=レ=バンとコンツ=レ=バンのあいだにあるシュトロンベルクへ。南と東をモーゼル川にほぼ囲まれた小高い丘で、川とブドウ畑、村を見下ろす眺めが広がります。
コンツ=レ=バンから出発するシュトロンベルク周遊路は、ルクセンブルク国境の両側にまたがる、保護された石灰質の草地を通ります。夕日がモーゼル川を金色に染める時間に訪れると、公爵たちがなぜこの地を選んだのかがわかる気がします。
そしてロドマック|「ロレーヌの小さなカルカソンヌ」
この地域の3つめの城塞が、中世の城壁に囲まれたロドマックです。これだけで半日楽しめる村なので、別の記事で詳しくご紹介しています。シェンゲン・ロドマックと3か国国境を1日で
サイクリングがお好きな方には、ロドマックからシエルク=レ=バンを経てマルブルックまでを結ぶ自転車ルート「3つの城のサイクリング」もおすすめです。
モデルコース|3か国国境の古城を1日で巡る
| 時間帯 |
行き先 |
移動時間 |
| 午前 |
シエルク=レ=バンのロレーヌ公の城 |
エタンジュ=グランドから約25分 |
| 午前遅め |
シュトロンベルクを散策、モーゼル川の眺望 |
数分 |
| 午後 |
マンドレンのマルブルック城 |
シエルクから約15〜20分 |
| 帰路 |
エタンジュ=グランドまたはアイヤンジュへ |
30〜45分 |
お子さん連れなら、マルブルック城から始めるのがおすすめです。楽しく学べる展示と「魔女の塔」は、いつも子どもたちに大人気です。夏なら、シエルク城祭りの日に合わせて訪れるのも良いでしょう。
→ ほかのアイデアはティオンヴィル周辺の観光スポット15選、マジノ線のアッケンベルグ要塞、ドイツ側ならザールループ(ザール川の大湾曲)もどうぞ。
モーゼルの古城めぐりに便利な宿泊先
拠点にぴったりなのが、エタンジュ=グランドの3室です。シエルク=レ=バンまで約25分、マルブルックまで約30分、ロドマックはすぐ近く。フェンシュ渓谷にあるアイヤンジュの7室は、ティオンヴィルから約15分です。
お部屋によって2〜12名まで宿泊可能。ベッドは別々、キッチン付き、Wi-Fi、スマートテレビ、そして城壁を「攻略」しに出かける前の一杯に欠かせないネスプレッソマシンもあります。シーツ・タオル付き、セルフチェックイン、WhatsAppでのサポート。
当サイトから直接ご予約いただくと、AirbnbやBooking.comよりもお得で、到着の5日前までキャンセル無料です。空室状況を見る・予約する
よくある質問
なぜ「マルブルック城」という名前なのですか?
1705年にこの城に司令部を置いたイギリスのマールバラ公ジョン・チャーチルに由来します。童謡「マルブルーは戦争に行った」も、この公爵をからかった歌です。
マルブルック城はいつ開いていますか?
4月から秋までで、通常は月曜休館です。開館時間と料金は季節によって変わるため、moselle-culture.frでご確認ください。
シエルク=レ=バンの中世祭りはいつですか?
「城祭り」は、毎年8月末の週末に開かれるのが恒例です。正確な日程は毎年chateau-sierck.comで発表されます。
マルブルック城とシエルク城は1日で両方回れますか?
はい。2つの城は車で15分ほどしか離れておらず、どちらもエタンジュ=グランドから約30分です。
子ども連れでも楽しめますか?
はい。マルブルック城には楽しく学べる展示コース、シエルク城には宝探しや中世のアトラクションがあり、城祭りも家族向けに企画されています。